殺人事件

近所で主婦が殺害される事件が起こった。被害者は私が住んでいる新興住宅地の住人で、それは私が毎日歩いている通勤路に面した家なので今まで何度も顔を合わせたことがあった。この家は全国版のテレビニュースでも報道されていたが、一風変わった位置にあり、２２００戸あるこの住宅地の最南端に位置していて、周囲に家が隣接してなく公園や駐車場などに囲まれて一軒だけ孤立したように存在していた。ちょうど、私の通勤路がその家に沿って折れ曲がるように通っているので、印象に残る家の一つだった。そして、その殺人事件のあった朝も、確か私は通勤の途中に彼女の姿を目にしたように思う。

最近、頻繁に凶悪な事件を耳にしてある程度鈍感になっていても、これほど身近で殺人事件が起こるとやはりショッキングなものだ。この頃、この住宅地では泥棒の被害が多く、自治会からも注意が喚起されていたので、なお更他人事ではない怖さがある。我が家は以前に周囲で空き巣が多く発生した時に、セキュリティ・システムを配備していたが、近所でも今回の事件を機に警備会社と契約しようとする人が多いようだ。妻も怖くて昼間でも家中の戸や窓には鍵を掛けるようになったと言う。

やはり世の中が不況になると犯罪者が増えるし、盗みに入った家でたまたま住人と鉢合わせすると証拠隠しのために殺人まで犯してしまう危険性はあるわけで、周辺の住民が細心の注意をする気持ちは十分理解できる。また、この住宅地は比較的リッチな住民が多く、昼は専業主婦だけが家にいるという家庭が多い。それだけに今回の事件の影響は大きいようで、「もし自分が昼に一人でいるときに泥棒が侵入してきたらどうしよう」という恐怖が頭を離れないようだ。

ところが、居直り強盗と見られていたこの事件も、ここへ来て少々事件の報道も少しずつ変化しつつあるようだ。顔見知りの怨恨による犯罪ではないかという可能性が出てきた。まず、犯人は昼間に凶器を持参して玄関から入っていること、今のところ何も盗んだものがないと思われること、上半身を前後から執拗に刺していることなど、まるで殺害を目的に犯行を犯したような事件の様相を呈して来ている。

居直り強盗なら、ある意味で誰にでも遭遇する危険性があるのに対し、怨恨ならターゲットは特別の因縁のある一人に限定されるわけだから、住民の心構えというか心理はまるで違ったものになる。現在、小学校や中学校の通学路に父兄が立って警戒しているが、これなんかも場合によってはそこまで必要ではないかもしれない。今の段階ではすべて憶測にしか過ぎないが、捜査の流れとしては次第に怨恨説に傾きつつあるようだ。

それにしても日本はもう世界中でも最も安全な国の一つだと言えないようになったのだろうか。近頃やけに凶悪な犯罪の報道が多い。今まではこれほどの先進国で日本の犯罪率の低さは稀有な存在だったのだが、今後は欧米並に犯罪が増加していく可能性もあると思われる。既に、「水と安全はただで手に入る」という世の中ではない様だ。我が家でも例外でなく、水はミネラル・ウオーターを買うし、安全は警備会社に依存している。また、これからは戸締りの徹底などは防犯上、最低限の事として励行しなければならないのだろう。次第に窮屈な世の中になっていきそうな気がするが、これも身を守るためには致し方ない。