夏休み

凄まじい暑さが続いているが、梅雨が明けて暑さがむせ返るこの頃になると、４０年位前の夏のことが思い出される。それは私が小学校2年か3年の頃の夏休みだった。その時、私の弟が交通事故にあって母親が病院に入院している弟に付き添っていて、父親は仕事で留守にしがちだったので、自宅には誰も居ず私は病院から通学して、そこで生活していた。そんな時、夏休みに入ろうとする頃、知り合いが夏休みの間退屈だろうから私を預かろうという話を出してきた。

実はその知り合いと言うのは、以前、借家に住んでいた我が家の大家にあたり、その家には3姉妹が居た。その三女は私より一才年上で、近くに住んでいた幼稚園の頃はよく一緒に遊んでいた。私がその家族に預けられる頃は既に遠くに転居していたが、それでも時々行き来はあった。この話をその三女の母親から聞いた時、何時も病院の中で窮屈な生活を送っていた私はこの話に直ぐに飛びついた。そうしてこの家での夏休みの居候が始まった。

その家は病院の北の方角にあり、その当時はかなり遠方だと感じていたが、歩いていける距離ではあったので、今考えるとそれほどではなかったのかも知れない。山道をどんどん登っていって、汗で体中がびっしょりになる頃、やっとその家に着いた。相当山奥だったと思うが、三方を山に囲まれるように５〜６軒の民家が集まっていた。久しぶりの対面だったので、その日は家族５人の歓迎を受けて、たらふくご馳走を食べた。早速、次の日から三女といろいろな場所を探検して回った。そして程なく、隣に住む三女の同級生（A子）と一緒に3人で遊ぶようになっていった。

そこでの夏休みは今思い出しても非常に楽しい期間だった。3人で自転車に乗って家の周辺や小学校まで遊びに行ったり、夏祭りに行ったり、海水浴にもしばしば行った。それまで小学校ではほとんど男同士で遊んでいたので、全く違った新鮮な経験だった。愛嬌のある三女と違って、その同級生はタイプとしては美少女系で私は彼女に対して次第に好意を抱いていったと思う。ただし、それを正直に表現は出来ずに、意識的にぶっきらぼうに接していた。後になって振り返ると、あれが初恋だったのかなとも思う。

また、山の中にある家だったので、街では経験できない事が多かった。家に続く道には珍しい虫が多数いて、中でも不思議な動きをする昆虫がいて、何時も気になっていたが誰に聞いても分からなかった。後に図鑑で調べたら「はんみょう」という昆虫だと分かった。またある時は家の中に蜂が大きな巣を作って、家中に蜂が飛び交う状態になって大騒ぎになったことがあった。この時は家を締め切って、強力な殺虫剤を充満させて弱った蜂を殺し、巣を取り出して事なきを得た。振り返ってみると、今では考えられないほど自然に恵まれた生活環境だったと思う。その後、小、中、高、大学といろいろな夏休みを過ごしたが、この暑かった夏の記憶は郷愁に満ちたものとして強く心に残っている。今思い出しても、あの一ヶ月ちょっとの期間は幻だったのだろうかと思われるほどで、後にも先にもあのような夏休みを送った事はなかったし、その時だけのユニークな体験だった。

そんな夏休みも遂に終わり、私は病院での生活に戻っていった。A子とも同じ小学校、中学校に通いながら、その後一度も会うことはなかったと記憶している。また三女の事は、風の便りで元気に暮らしていることは何度か聞いたが、私がその家に行ったのはその時が最後で、以後一度もその家族とも会っていない。それは弟が退院して住居が再び離れていったこともあるだろうし、三女の家が大家でなくなって次第に関係が疎遠になっていったのも影響しているのかもしれない。

その後、私が大学に入った頃、入学祝も渡したいので一度遊びにこないかとその家族に誘われたことがあった。どうしてだか忘れたが、私は多忙とか何とか理由をつけて結局行かなかった・・・・。