SARS

新型肺炎については今のところ日本には感染者は発生していないが、中国や台湾では感染者や死者も多くパニックに近い状態が続いているようだ。以前にもコメントしたように、世界中で発生以来半年の累計が患者６〜７千人くらいということでは感染力自体それほど強いとはいえないと思う。シンガポールでは患者の５０％が医療関係者だといわれているが、この病気では患者が収容されている病院の医療関係者に感染者の比率が高いこともそれを裏付けていると思われる（ある程度、濃厚な接触がないと感染しないということを示唆している）。

ところでこの病気は今まで存在しなかったので専門家のなかでも疑問や混乱も多いし、ましてや一般人の中ではいろいろな誤解や風評のたぐいも発生しているようだ。この病気の原因となるウィルスはコロナウィルスの突然変異株だとの認識で一致してきたようだが、感染経路がイマイチはっきりしてない。手などからの経口感染なのか空気を介した経鼻感染が多いのか（これは感染の防御を考えるうえでかなり重要なことなのだが）さえ明確にはなってないようだ。

また空港などでは、入国者の体温の測定を感染者の侵入を防ぐ措置の柱にしているようだが、これも疑問がある。この方法の根底には単なる感染者からは他に感染せず、発症して発熱している患者からしか感染しないという考えがあるはずだ。しかし、今話題になっているスーパースプレッダーについては、ほとんど症状は出てない状態でウィルスを撒き散らしていたと報告されているようだ。このスーパースプレッダーとは一人の患者が多くの人に感染させてしまうケースを言い、彼らが大量の患者発生の源になっていたのが判明して来ている。これから推測すると、患者の体温を測定することはSARS防御の決め手にはならないと思う。

私は大学病院に勤務していた時は免疫や感染を専門にしてきたが、今までこのスーパースプレッダーという言葉は一度も聞いたことがなかった。スプレッダーとはウィルスを撒き散らす人という意味だろうから、インフルエンザなどでは感染者の誰もがスーパースプレッダーになるはずでわざわざこんな言葉を使わなかったのだろう。ＳＡＲＳではほとんどの感染者はウィルスをそんなに多くは排出しないことになる。こんな言葉があること自体が、インフルエンザなどと比べてもＳＡＲＳの伝播力の弱さを証明しているようにも思われる。

ただし、伝播力は弱いにしろ、感染した後数週間してからの死亡率が高いことについて気になる。これは免疫学上から言うと、感染後、人体からこのウィルスのリンパ球や抗体が産生されてくる時期に死亡しているということになる。ここから推測すると、このウィルスはエイズのようにリンパ球などの免疫担当細胞を標的にしているのか、またはウィルス自身が頻繁に遺伝子配列を変化させて免疫の攻撃をかわしている可能性が高い。分かり易く言い換えると、人間は免疫というミサイルで外敵から身を守っているが、ＳＡＲＳウィルスはミサイル工場を直接爆撃しているか又はミサイルがウィルスを攻撃する際に目印にするマークを頻繁に変えていることになる。これはどちらにしろウィルス感染症の治療法を確立する上で非常に厄介なことだ。

この病気の治療に関しても、はっきりした方法が確立されてない関係からか諸説入り乱れている状態のようだ。ほとんどは民間療法に毛の生えた程度のものが多く、漢方薬はまだしもあれを食えば治るとかこれが良いとかほとんどは眉唾だ。ウィルス感染という本質からすると、インフルエンザと同じ対処になると思う。ただし、インフルエンザと大きく違うのは、ワクチンや特効薬といわれるような治療薬がないということだ。ワクチンはウィルスを特定して製造後も動物実験や臨床試験を何年もすることになるので、使用可能になるのはまだまだ先になるだろう。インフルエンザの特効薬はこれが出来てから治療しやすくなって大きな恩恵をもたらしたが、これらはウィルスの構造式の解明も必要だからワクチンよりもっと時間がかかると思われる。

ただし、これら話はＳＡＲＳに標的を絞った特異的な治療についての話で、非特異的な治療薬なら今でもある。非特異的治療というのはＳＡＲＳという一点ではなくウィルス全般を標的にした治療のことだ。人体で言えばインターフェロンがそうで、ウィルスなら何でもある程度攻撃する特徴をもっていているが、実はこれらはＳＡＲＳ感染者全員の体の中で既にＳＡＲＳウィルスに作用しているのだ。と言うのは、インフルエンザにしろＳＡＲＳにしろウィルスが感染した時には人間の身体からはインターフェロンが黙っていても分泌されている。それを合成したものを外から補ってやればウィルスをより強く攻撃できる。これはＣ型肝炎では最も有効な治療法になっている。勿論、ワクチンのように特異的な治療の方がシャープで効き目も良いのだが、それには実現まで時間もかかるし現時点での即効性がない。当面はこの治療がメインになる可能性が高いと思う。