議長役

先週の土曜日は福岡県の耳鼻咽喉科専門医が年一回一堂に集まる総会が開催された。福岡県には300名程度の専門医がいるはずで、その総会もかなり大掛かりなものになる。私自身はこの種の総会はあまり興味もなく今まで １５年間で数回しか出席したことがなかった。ところが今回、ひょんな事からこの総会の議長を私がすることになった（ほとんど出席してないので、議長役の仕事内容もほとんど理解できてなのにもかかわらず！）。

実はこの会に先立つ代議員会で進行役をやるように指示があって、それは渋々受けて既に済ませていた。この時は「代議員会だけで総会では絶対にしません」という約束の下に引き受けたのだった。しかし代議員会が終了した後で、この会の理事と会長 から別々に「総会で議長をやってもらえませんか？」との依頼が来た。

この時は「いや、そういう約束でしたから」と断って会場を後にしたのだったが、その後を北九州の耳鼻科会の会長が追いかけてきて（この先生は私の母校の先輩に当たり、これまでいろいろお世話になっているのでドライに断りきれない事情がある）、結局議長役を引き受けることになった。これには、何人もの重鎮の依頼をいい歳こいて断り続けるのも大人気ないという気もあったが、これまで総会を欠席したりいろいろな 役職から逃げ回ってきた罪滅ぼしの気持ちも少しはあった。

そもそもこういう理事や役員はそれが好きな人間が必ず居るので、そういう役職を嫌う人間に無理やりさせる必要はないと思う。こういう役目が好きな人間はその役職に就くと生き生きと活動するし、 それを楽しんでかえってストレスを発散させている面もある。それこそ適材適所だ。逆に私のようにこういう仕事が嫌いな人間がその役目に就くとストレスを強く受けるようになり、健康面でも良くないし 実際に健康を害した人間を何人か見てきている。私も仕事以外の余暇時間は自分の好きなことに時間を 割くことを好むタイプで、そういうことで仕事とのバランスをとっている面があり、そうでないとストレスでがんじがらめになるのは見えている。

ただ私がこれほどこういう役を避けてきたのは単に好き嫌いという嗜好の面だけでなく他にも理由があった。それは吃音のせいで、思い返せば小学生の頃は先生の前などでは 言葉に詰まって言いたいことの半分もいえない状態だった。 中学生になると学業成績は結構良かったが、推されてもけっして生徒会の役員などには立候補しなかった。そのような吃音も成長するにしたがって次第に軽くなってきて、 大学に入学する頃には大学や日常生活で支障を感じることはなくなっていった。

ただし学会発表など大勢の聴衆の前で発言するのはまた話は別で、大学病院の医師には必須の学会発表が近づくと結構プレッシャーを感じたものだった。それでも大学院の時などは論文を書いて学会発表も多くこなさないとならないので次第に 慣れていったのか、大勢の前でもそれ程プレッシャーを感じずに発言できるようになっていった。特に自信のある研究についての発表などは全くリラックスした状態で講演できるようになっていったのには自分でも驚きだった。

とは言っても、成長期のトラウマがあるのか本質的にはこういう場はあまり好きではなく、学会発表の必要がない開業医には以前から憧れさえ抱いていた。だから大学病院を辞め て開業した後で医師会に入ってからも、こういう役職に就くことを勧められてもしつこく固辞してきた。それがよりによって今回、自分としてはこんな大規模な総会の議長役をする羽目になったのだから 、そのプレッシャーたるや相当なものだった。

あの広い会議場の一番前、それも演壇の横の机で一人聴衆に向かって座り、マイクで喋る姿を想像すると気が滅入ってくる。今回は一週間前から重い気持ちを引きずりながらも 、資料や式次第を入念に検討してどうにか無事に乗りきることが出来てほっとしている状態だ。ただこれで一応最低限の義務も果たしたと思うし、もうこのような重圧のかかる役目は二度と経験したくないというのが本音だ。