モサド
　

先月２０日、ハマスの司令官マハムード・マブフーフがドバイのホテルで死亡したが、これがイスラエルの諜報機関モサドによる暗殺の可能性が高くなって大騒ぎになっている。勿論、イスラエルは否定しているし、評論家の中でもこんなに簡単な仕事を暗殺だとバレるような失敗をするのはモサドの仕業ではない だろうとの意見も出ている。しかし これは伝えられている情報を考慮すると、モサドの仕業に間違いないと思う。

モサドと言えば、ナチス親衛隊のアイヒマン事件やミュンヘン・オリンピック事件後の「黒い九月｣幹部暗殺などで、冷酷なスパイ組織で場合によっては殺人も躊躇なく実行する非情なスパイ集団と思われがちだが、実際はそうではない。ジャーナリズムもその辺りは昔のことを忘れて誤解しているのではないかと思う。

スピルバーグ監督の「ミュンヘン｣は大変面白かった映画で、以前にも私はこのコラムで絶賛したほどだった。この事件を知ってない方に「黒い九月｣幹部暗殺事件を説明すると、 これは１９７２年ミュンヘンオリンピックの際に パレスチナ武装組織「黒い九月｣が１１名のイスラエル選手を殺したことへの復讐劇だ。この作戦は当時のイスラエル・メイア首相がチーフになり報復としてパレスチナゲリラの基地を空爆させ数百人のパレスチナ人を殺害しただけでは気が済まずに、モサド に命じてこの事件の首謀者たちを世界中で捜し出して全員殺害した。 その場所はフランス、イタリア、ギリシャ、スイス、オランダ、スペイン、レバノン、キプロスなど広範囲に渡る。

この映画はその復讐劇をモサド側から描いた作品だが、これを観ると職業的な非情なスパイが淡々と職務を実行したと言う感じでは全くない。 そもそもモサドは国内外の一般のユダヤ人をリクルートしてスパイに仕立て上げる傾向があるが、普段スパイ活動とは無関係の人間がこのプロジェクトに選抜され、殺人に対して 深く苦悩したりターゲットの人生を思い浮かべて 殺害に二の足を踏んだりとさまざまな人間的な側面が描かれている。モサドと言っても、マスコミが言うほど職業的で非情なスパイ組織ではないのだ。

また「黒い九月｣の時もそうだが、結構失敗も多くて地元警察に逮捕されそれが原因でモサドの犯行が露呈したケースも多い。 勿論、戦後アイヒマンを見つけ出し秘密裏にアルゼンチンから拉致連行してイスラエルまで運び込むなど、高度な訓練を受けた組織なのは間違いない。ただし殺人となると 、一般に思われているように完全無欠な仕事を成就し続けているわけではない。

今回の暗殺事件では「モサドならあんなドジはしない。警察に判らないように病死として処理されるように上手く暗殺するはずだ。｣とのコメントが少なからずあり、モサドに罪を擦り付けようとするグループの仕業ではないかとの 立場を取る者も多い。ただイギリスの偽造旅券を多数所持していたり犯行後のグループ１１人全員のすばやい国外脱出を見る限り、相当に訓練された組織が窺われやはりモサドの犯行の可能性が高いだろう。

以前、ある高名な作家に対してイスラム教世界を侮辱したとしてイスラム教指導者から暗殺指令が出され、世界中を震撼させて事があったが、これは結局成就されずに終わった。それに引き換えモサドは今まで ほとんどのケースで最終的には暗殺を成し遂げているから、考えてみれば恐怖の組織である。しかもイスラエルの首相がそれらの殺人を命令したケースもあったことを考えれば尋常な国ではない。