出生前診断

アメリカのワシントン大学で、両親から少量の血液を採取するだけで子供のゲノム配列や遺伝子疾患を出産前に予測できるシステムが開発された。これはつい先日母親の血液でダウン症などの診断ができるようになった との報道からまだそれ程時間も経ってないのに驚くべき発表だ。この研究チームは母親の血液と父親の唾液からＤＮＡを採取して分析し、９８％を超える精度で両親から胎児に受け継がれた遺伝子変異を予測したという。

この勢いだと、両親のごく少量の血液採取で胎児のすべての遺伝子疾患の出生前診断が可能になるのは時間の問題だろう。これ自体は非常に有意義な技術でこれまで遺伝子疾患を持った子供の養育や将来に悩む両親を未然に減らすことも可能だし、勿論重度の先天性疾患に悩む子供を減らすことにもつながる。これは先天性疾患児の一生の負担を考えると驚異的な救いになるだろう。

現在、先天性疾患の子供を授かってその養育に苦労している方たちは相当多い。我々も日頃そういう方たちとの接触もあるので、その苦労たるや幾ばかりだろうと思う。そのために両親が離婚に追い込まれることもあるし、両親が 協力して育てても大変な苦難を伴う。日頃そういう場面に遭遇していると、こういう事を減らせるのは素晴らしい技術だと思わざるを得ない。思い切ってドライな言い方をすれば、先天性疾患がある胎児を 中絶して健康な胎児を生むという選択ができるということだ。

当然、これには重大な倫理上の問題も発生する。つまり命の選択に関する問題だ。これは非常に大きな問題に発展していくだろう。勿論命の選択についてまだ十分な国民的な合意が出来てない し法律も追いついてない。どちらかと言うと、今までは選択自体について批判的 な方が多いだろう。これまでそういう技術がなかっただけに、これ以上議論が進むこともなかったが、今後はそうはいかない。現実にそのテクニックを手にしてしまった以上、この診断法は瞬く間に世界中に行き渡るだろう。

今後はさらにその線引きについても悩ましい選択が迫られることになると思う。つまり出生前に重篤な心臓疾患が判明したケースでは中絶が良くても、軽いケースではどう か。さらに進んで髪の毛が金髪じゃないから嫌だとか、背が低いからまた知能が低いから嫌だとかいろいろなケースについて、どこまでが許されてどこからはダメなのか？　または命の選択自体全てダメなのか。

ただ現実に先天異常の子供を想像を絶するような苦労を重ねながら育てている人たちのことも考えると、一概にすべての中絶がダメだと言いきれないところがある。つまり「あなた達の子供なんだから 、どんな異常があっても堕胎したりせず責任を持って育てるべきだ」というのは、その後の苦難を考えるとあまりに酷だろう。これらは相当シビアな議論が必要だしまた必然的に巻き起こるだろう。

医学の進歩にはよくあることだが、それまで出来なかった技術を手にすると、往々にしてそれまで考えもしなかった問題が発生することがある。これなんかその典型だろうが、こういう倫理的な問題は簡単には決着がつかないことが多いし、また相当微妙な問題を含んでいるの時間をかけてじっくりと決めていく必要がある。 この出生前診断で切り捨てられる胎児と同じ疾患を持って日々生きている人も大勢居るわけだから。