新しいページ 2

　　本音と建て前

維新の会橋下代表の慰安婦に関しての発言でこの一週間はかなり騒動になっている。それは日本の中だけでなく、世界中のジャーナリズムからも非難されていて暫らくは収まりそうもないほどだ。彼の発言の中身については確かに問題になる部分もあるが、一理あるところもありマスコミが報道するように一概にムチャクチャな暴言ともいえないと思う。今回の騒動については彼が今回の発言の後に巻き起こる反響について判断を間違ったというのが正解ではないだろうか。

と言うのは、今回の発言を発した後に韓国や中国で「少々納得できないところがあるが良いことも言っている」という反響が帰ってくると彼が少しでも思っていたとしたら、これはもう政治家失格と言っていいほどのセンスのなさだ。あの両国がそんなに冷静にこの問題に対応するはずはないのだから。そしてもっと重要なのは欧米のジャーナリズムの反応を致命的に判断ミスしている点だと思う。欧米では女性の人権蹂躙や性的な搾取については非常に重要視するし、それらについて反する言動には徹底的にバッシングする。

それに加えて、彼は欧米圏での事情をあまりに知らなさすぎる点も致命的だ。沖縄の米軍司令官に「風俗をもっと活用するべき」だと進言して相手にされなかった話をしている。それについて非難されたら、建前でなく本音で発言するべきだと主張した。これなんかも全く欧米の理屈を全く理解していない。欧米ではダブルスタンダードとまでは言わなくても、かなり建前が大事だ。建前と言えば言葉が正確ではないかも知れないが原理原則を非常に重要視する。

分かり易い卑近な例を挙げると、今年我が家がハワイに行った時の話。レストランでビールをオーダーしたら年齢証明のためパスポート提示を求められた。その時は食事だけのつもりだったのでパスポートは所持してなかった。そしたら全員分のパスポートをホテルから持ってこいとのこと。これは面倒だし肉料理なのでビールは是非飲みたい。そこで拙い英語で粘っていたら、私（５９歳）だけは免除するが、子供（２４歳～２９歳）は絶対に年齢証明が必要だという。それでも粘って最終的に保険証のような書類の提示でどうにか免除してもらったが、ことほど原理原則には厳しい。つまり二十歳以下は酒をオーダーしてはいけないという法律がある以上それは絶対に守る必要があるのだ。

また別の例では、欧米の政治家で愛人を持っている者や女性絡みのスキャンダルを抱えている者が居てそれをマスコミも知っていても、それだけではそれ程問題にはならない。ケネディ、クリントン、ミッテラン大統領などが典型例だが、政治さえしっかりやっていればマスコミもある種大人の対応をする。ただ建前は愛人を持つことなど絶対に許されることではなく、もし彼らがマイクの前でこういう事は必要だなどと言えば厳しいバッシングの標的になるし多分辞任に追い込まれるだろう。つまり公人はむき出しの本音は発言してはいけないというスタンダードがはっきり存在している。

つまり人種や性差、宗教、歴史認識などうっかり本音で発言してはいけない微妙な分野が厳然として存在しているのだ。それらは政治家なら第一に理解しておくべき項目で、今回のようにそれらについて本音で・・・・なんて言う時点で国際感覚に欠点があることになる。それは自分でも反省していたが、やはり英語力のなさが大きく影響していると思う。日本の英語力が世界では当然だがアジアでもかなり低いことは知られている。TOEICなどの点数を見てもアジアでも最低レベルに位置している。毎日一誌でも英字新聞などに目を通していたら、こういう国際感覚の欠如に起因する問題はなくなると思うのだが、その点でも日本の英語力のなさは罪が深い。

国際的には慰安婦の問題について日本軍は過去ににやってはいけない事をしたと見做されている。それは韓国や中国だけの視点ではなく欧米全体がそう判断しているのだ。橋下氏はそういう判断を覆そうとして今回発言したことが窺えられるが、それこそが彼の判断ミスの最大のところだ。これは戦後６０年以上かけて世界が到達した判断であり、それを日本が誤解を受けていると思い付きのように反駁したところで結果は目に見えている。本当に世界が誤解をして日本だけを非難していると思うのなら、しっかりした歴史研究をもとに組織だって反論していかないととてもじゃないが相手にならないだろう。

この点で今の日本はかなり危険な状況にあると思う。それは政権運営のあまりの順調さに与党の政治家全体が逆上せている点が見られるからだ。それは高市早苗などの右翼系の取り巻きだけでなく総理自身にも伺えられる。高市早苗などは靖国に関する発言を盛んに発していたが、官房長官から注意を受けると貝のように黙ってしまった。総理にもその傾向があり同じような発言を官房長官から窘められてこれもトーンダウンしている。

そもそも安倍総理は日本の植民地支配と侵略を謝罪した村山談話について、「安倍内閣として、そのまま継承している訳ではない」とはっきり国会で発言した。また慰安婦についての河野談話についてもはっきりした証拠はないと言っている。どうもこの二つの談話について彼はどうしても認めたくないようだ。だから折に触れてこれらの否定発言が飛び出す。彼の信奉者である高市氏などもそれに力を得て同様な発言をしたがる。

この二人とも自らの発言で一時ヤバい雰囲気になったが、橋下発言で世間の注目が方向転換したので緊急避難に成功した格好だ。もし橋下の発言がなければ、総理も相当厳しい状況に陥っていたと思う。彼ら修正主義者は一寸気を許すとモグラのように世間の空気を窺って頭を出してくる。そして「日本は悪くなかった、連合国が戦争に追い込んだんだ」とか「南京大虐殺はなかったもしくは犠牲者は発表されているより少数だ」とか「慰安婦は自分の意志で応募したのであり軍の関与はなかった」などと兎に角日本が悪くなかったとの言い訳を言い始める。

しかも彼らが良くないのは強固な信念があって言っているわけではないので、欧米やアジアのジャーナリズムに非難されると直ぐに頭を引っ込めたり反省の弁を述べて鎮静化を図ったりする。今回もそうで、高市もすぐに押し黙ってしまうし、総理自身も村山談話を引き次ぐものではないと言っていたのをすぐに発言変更している。こういう思い付きのような主張や弁解発言が世界にどれほどの悪影響を与えているか真剣に反省してもらいたい。せっかくうまく動き出した安倍政権を知識があれば防止できるような国際感覚の欠如によって失速させるような愚行だけは是非避けてもらいたいものだ。今度また同じような事をして政権の浮沈にかかわるような発言を起こすようなら、その代議士は辞職させるべきだろう。

最後に日本では建前は良くなく本音で話すことは良いことだなどとガラパゴス的な発想になり易いが、そういう感覚では欧米のジャーナリズムが支配しているこの世の中では自説を冷静に聞いてもらうことさえ出来ないとしっかり理解しておくべきだろう。