昨夜、診療が終わって医師会の会合に出席するためにタクシーに乗った。行き先を運転手に告げたが場所が分からないらしく、無線で本部と連絡をとって、やっと了解して出発した。運転手が「済みませんねえ、まだ新入りなもので・・・」と謝った。
話を聞いてみると、メーカーに勤めていたがリストラで退職してタクシー会社に入ったとのことだった。「４５歳にもなってタクシーの運ちゃんをするとは思いませんでした。」と盛んに照れていた。この４５歳と言うのに引っかかって、私が「ひょっとして昭和２８年生まれ？」と尋ねるとやはりそうだった。私と同年齢だ。
そこでひとしきり話していると、彼は下関出身で幼稚園から高校卒業まで下関で過ごしていた。私も出身こそ北九州だが幼稚園からは下関で過ごしたのでそのことで大いに話が盛り上がった。そのうちに共通の友人がいることが分かり、何人かの名前が出てきた。そのなかでA君の名前が出てきたのには驚いた。彼とはかなり親密な付き合いがあったし、良きライバルだった。
１０時過ぎに会合が終わり帰りのタクシーに乗って、窓の外の夜景を酔った頭でぼんやり見ていたら、A君と関わって過ごした１１歳から１５歳までの数年間のことが脳裏に浮かんできた。
A君と初めて会った日のことは昨日のことのように良く覚えている。昭和４０年４月、小学校６年の始業式の日だ。その日、彼は他の市から田舎の我々の小学校に転向してきた。教室では 彼の大柄な父親が「皆さん！仲良くしてやってください！」とびっくりするような大声で彼を紹介した。我々はすぐに友達になった。と言うより彼に憧れていたと思う。とにかく彼は目立った。勉強はできて、長身でスポーツ万能だった。鼻筋のとおった上品な顔立ちは女子にも人気があった。性格も温厚で友情にも厚かった。彼の通信簿を見たときはひっくり返りそうになった。私の通信簿がほとんど３で、４がいくつかある程度だったのに対し、彼のそれには４さえも無く所謂オール５だった。学校でも放課後もよく彼と遊んだものだった。
そのまま我々は地元の公立中学に入学したが、当然のように彼は第一回目の実力テストから９クラスある１学年のなかで一番を取ってきた。彼と偶然同じクラスになった私もライバル意識を燃やして、無理を承知で彼に勝とうと勉強するようになった。クラブ活動では彼はバレーボール、私はテニスと分かれたが、学校では相変わらず良い友人であり良きライバルだった。
小学校ではあまり勉強のできるほうでなかった私だが、そうこうしているうちに成績も上がり一年の２学期には学年で２番を取った。そのときも当然のように私の上には彼がいた。その後も２番までは取れるのだが、いつも一番の座には彼がいて一度も彼を抜くことができなかった。
彼は悠然と勉強よりもバレーボールのほうを楽しんでいるように見えるくらい余裕があった。どの学校にもスター的な雰囲気を持つ学生がいるものだが彼はまさにそのような学生だった。スポーツ、勉強、生徒会活動すべてに華々しく目立っていた。
二年になって彼とはクラスも分かれ、次第に付き合いが薄くなっていった。やはりクラスもクラブ活動も別だとあまり接触は無くなってくるものだと思う。それでも一学期はまだ時々彼の家に遊びに行ったりしていたが、二学期になるころには学校で会ったときに話をするくらいになっていた。そのころのことだが実力テストで初めて彼に勝った。その後、彼はあまり成績上位に顔を出すことは減ってきて３年になるころにはほとんど勉強で目立つ存在では無くなった。あるとき不審に思って友人に尋ねてみたら「A君は小説に凝って学校の勉強はほとんどしてないようだ。」と言う返答だった。
結局、彼は私が進んだ高校ではなく、地元の別の高校に入学した。我々の付き合いもこの時点で完全に終わった形になった。
平成６年に同窓会があり２５年ぶりで彼に会って、その夜は３次会まで一緒に飲んだ。やはり同級生と言うのは格別で、いくら永く離れていてもまるで昨日も会っていたような気持ちでその夜を飲み明かした。彼は東京でサラリーマンをしていると言うことだったが、学生時代の魅力的な人柄はそのままだった。
この夜の話で意外な事実を彼から知らされ驚いたのだが、この話は長くなるのでまた別の機会に披露したいと思う。