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　　披露宴

今週の日曜日に博多のホテルで私の長男の結婚式があった。私たちも新婦の両親も子供の結婚式を迎えるのは初めてのことだったので両家とも気合が入るし緊張したものになった。結婚式までは打ち合わせのほとんどは妻と彼女の母親が受け持って毎週の如く頻繁に会っていたようだが、父親同士は仕事もあり結納以来の顔合わせだった。モーニングに着替えるために用意された部屋に入ったら、ばったりとお父さんと出くわして久しぶりの再会を祝した。

実は私たちとしてはこの結婚式は地味にやりたかったが、新婚夫婦が二人とも歯科医で新婦のお父さんも歯科医という事情もあってか披露宴には多数の歯科関係者が参加していた。それにバランスを取るためと言っては語弊があるが、私も医師の友人を１０名近く呼んだのだが如何せん多勢に無勢で異常に歯科医の多い宴になっていた。それは開宴の挨拶も友人のスピーチも余興も事情は変わらずほとんどが歯科医の登場になっていた。

そもそも自分の子供の結婚式というものは嬉しい反面、いろいろ制約がある中で出来るだけ多くの親族や子供の上司同僚などへの挨拶をしなければならず、また最後には親族代表の挨拶もあり緊張を強いられるものだ。その際、失礼はあってはならないがあまりに杓子定規な態度も歓迎されないのでなかなか難しい面もある。実は私が緊張していたのはこの最後の挨拶だった。これは慣例上、普通は新郎の父親が両家を代表して行うようになっている。今まで出席した披露宴はただ一つの例外を除いてそうだった。

その例外と言うのは私の高校時代の同級生の披露宴での事だった。この友人は私と同じ大学の医学部を出て外科医になったのだが、その彼が結婚した相手が我々の出身地である下関市の医師会長の娘だった。この時は新婦の父親であるこの医師会長が両家代表の挨拶を行った。同じテーブルに居た新郎と親密な別の友人の話によると、新郎の父親は漁師であり新郎サイドから最後の挨拶をやってもらうようにお願いしたとのこと。ただその場での雰囲気はそういう風になるのが当然だという流れだったようだ。そういう例外はあるものの普通は新郎の父親がするのが慣習だろう。

ただ私の場合は可能なら本気で新婦の父親にやって欲しい気分だったのだ。それは新婦のお父さんが歯科医師会の理事をしていてそういう挨拶に場馴れしているということもあったが、大部分は私自身のほうに理由があった。実は私は物心ついた頃から吃音があり、小学生の頃は自分の思うことの半分も表現できないほどだった。それは次第に軽くはなって行ったものの中学、高校の頃もまだ多少会話に支障があった。大学生になるとどういう訳かあまり気にならないほどになったが、幼少の頃からの吃音のせいか大勢の前での発表などはやはり苦手だった。

大学を卒業して医師になっても、一番嫌いだったのは学会発表だった。そもそも医師になると学会発表はいつも付いてまわるものだ。どの医局に居ようとも教授から実験をしてそれを学会発表して論文に書きなさいと促される。特に大学院を卒業する時期には数多くの学会発表が設けられていて重圧だった。論文に書くのは何ともないのだが、やはり大勢の聴衆の前での発表は日常生活では既に吃音がほとんど気にならなくなった今でも気分が重くなる。これは小さい頃からのトラウマがあるのだろう。

開業した後でも講演会での発表や披露宴での上司の挨拶、学校保健の講演など幾つかの場面でスピーチを頼まれることがあり、どうしても断れない時はやらざるを得ないがやはりそういう時は終わるまで気が重い。実際にはもうスピーチ中に吃音が出ることもなく問題なくすむのだが気分の問題なんだろう。そういう事情なのでこの結婚式の披露宴では途中の様々な行事挨拶よりも最後の挨拶があるためにリラックスできずにいた。それも最後の最後にあるので結局披露宴全体が終わるまで緊張する羽目になり落ち着かないことこの上ないという状態だった。

宴も終わりに近づき新郎新婦による両親への花束贈呈も終わり、いざ私の番が来た。この時に備えて原稿を作りそれを暗記して間違いやすいところや出にくいところは念入りに練習して臨んだ。そして両家による御礼の言葉で始めたのだが、今まで一度も問題のなかった箇所で突如言葉が浮かんでこなくなった。その部分は全く問題のなかったところなので気が動転した。いわゆる「頭が真っ白」という状態だ。そう思えば思うほど思考停止の状態でまったく言葉が頭に浮かんでこない。原稿は一応ポケットに入れていたが、場内はかなり暗くて老眼鏡なしでは全く見えない。「どうしよう！」とパニックになりかかった時に突然天の助けか文章が浮かんできた。それは祝辞や余興に対するお礼の言葉を述べる部分だった。冷や汗ものだったし、自分では相当長い時間に感じたが友人によると、結構上手くいったスピーチだったようで空白も気が付かないほどで長くなかったようだった。

そういうことで無事結婚式披露宴は終わって、ほっと一息ついて福岡を後にして家路に向かった日曜日だった。やはり結婚式は何かと疲れるものだ。