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　　　　ある俳優の死

　

先週の渡辺裕之氏の自殺は驚愕の一言だった。彼は同世代だが俳優らしいイケメンで身体も鍛え上げられていて、ゴルフやドラム演奏など全てで一流のパフォーマンスを発揮していて、充実した人生を歩んでいるんだろうなと思っていた。奥さんとの仲もおしどり夫婦を地で行くような感じでどこと言って不満なんかない人生だとも感じさせられていた。私は始めにひょっとしたら筋トレ中に誤って首を骨折するような事故を起こしたのかとも思ったが、すぐに「渡辺裕之は自宅で縊死しました」というコメントが報道されたので余計に驚いた。

ただこういう例は時々あって何の問題もないと思われていた人が突然自殺することはこれまでの人生で何度も目にした。一般的に他人から見ると人並み外れた能力や容貌の持ち主で社会的にも成功を収めていると思われている人が死を選ぶのはなかなか理解しがたいところがあるが、それはあくまで他人が勝手に判断しているだけで、ひょっとすると本人には死を選ばざるを得ない理由があったのかも知れない。

今回の件に関して非常に似かよったケースとして頭に浮かぶのは自殺ではないが作家の三島由紀夫氏がそうだ。これは私がまだ高校生の頃だったが、彼が死んだ後で肉体の衰えを悲観していたとの報道があった。彼の場合はそれで直接に自殺したわけではないが、実態は自殺に近い死に方だったと思う。この二人の共通点は若い頃から筋トレで身体を鍛え上げていて、それが次第に衰え始める年齢になって自ら死を選んでいる。渡辺裕之氏も若い頃と同じようには活発には動かなくなった身体を嘆いていたそうだし、三島由紀夫も鍛えぬかれた見事な容姿が衰えていくことを悲観していたと報道されている。

この面で二人は非常に似ているんじゃないかと思う。渡辺裕之氏の場合は同世代として羨ましいくらいに鍛え上げられた肉体でゴルフは芸能界随一と言われていて、事実芸能人ゴルフ大会でも優勝するくらいで我々では太刀打ちできないくらいボールも飛ぶしアイアンも上手かった。私などでは歳を取ったのでゴルフのパフォーマンスが落ちるのは致し方ないと思っているのだが、彼のようにストイックに鍛錬して頂点に上り詰めた者はそれが我慢できなかったのかも知れない。またドラム演奏もかなりの腕前だったのが最近はステージに上る前に演奏の準備について不安を口にすることが多かったようだ。多分、物事をいい加減に済ますことが出来ずに真面目で完璧主義者的な面があったのかも知れない。

三島由紀夫は幼少より優秀で大蔵省に入って官僚として活躍も期待されたのに、そこを短期間で辞めて一転して作家として類い希なる能力を発揮した。あれだけの業績と社会的影響力を持ちながら世間では理解できないあんな死に方をするなんて、非常に勿体ないというのが当時の一般的な受け止め方だったと思うが、彼の美学からして老いて醜態を晒すことは許しがたかったのかも知れない。それとも全く別で本当に日本の行く末を憂えてあんな行動に出たのか、今となっては誰にも分らないだろう。

私には１０年以上前に自死によって友人を失った経験があるが、彼も周囲から不思議がられた死に方だった。同じ医師会に属していたゴルフ仲間で毎週のごとくゴルフ場で会っていた。コンペやゴルフ旅行でも一緒で開業医としての職務上の集まりでも頻繁に遭って酒の席も良く同席していた。快活で人望もあり彼の回りには何時も人が集まってくるような雰囲気があった。ゴルフもかなり上手かった。学生時代よりラグビーで鍛え上げていて、身体能力も高くて我々の仲間の内では一番遅く始めたにもかかわらず、最初にシングルハンディを手にしてホームコースの競技会でも常に上位をキープして優れた戦績を誇っていた。それが羨ましくて彼を目標に練習に精を出して、こちらもどうにかシングルになったときには非常に嬉しかったのを覚えている。彼もそれを祝ってくれた。

その彼がある日突然死亡したという連絡を受けた。信じられなかったがそれも自死だというので全く頭が真っ白になるくらいの状態だった。あれほど明るくて冗談が好きで活動的な彼が選りに選って自死するとは！　彼も社会的にも趣味でも充実した人生を送っていて、自死するような人生とは対局にいると思っていたのだが。これは未だに誰も原因が分らないのだが、本人にしか分らない何かあったのかも知れない。ただ後で聞いた話では表面上は全くそういうそぶりは見せなかったが、数ヶ月前から鬱の薬を飲んでいたと言うことだった。鬱の怖いところは自殺へのハードルが極端に下がるので一寸したことで死を選ぶこともあると思う。彼の場合もそうだったのかも知れない。

ここまで書き上げた今朝になって、コメディアンの上島竜兵氏が自死したニュースが飛び込んできた。彼も老年性鬱の疑いがあって、朝のニュースショウで皆信じられないという思いを口にしていた。私の友人と上島竜兵は全く同じようなタイプで人から好かれて人望があり周囲を明るくする天性のものがあった。それが老年性鬱の怖いところで周囲の誰もが気づかないうちに次第に人を蝕んでいき最後には自死に導く危険性がある。渡辺裕之氏の夫人である原日出子も彼が老年性鬱の治療を受けていて、少しずつ快方に向かっていた経過をコメントしていた。

と言うことで、渡辺裕之氏の自死からいろいろなことを思い出したこの数日だった。